クスコはペルーの南東部に位置する人口30万人の街で、首都のリマからは飛行機で約一時間、標高約3400mの場所にあります。
クスコの旗
1200年頃から1532年までの300年間以上、クスコは広大なインカ帝国の首都として発展していった土地で、精巧な都市計画のもと建設された街は以降のインカ帝国の街作りの礎となりました。
1533年スペイン人に征服された後は、インカの建造物はスペイン人により破壊され、新しく建設する建物の土台として多く使用されます。
その結果、インカ時代の精巧な石の建築とスペインのコロニアル建築が融合した重厚な建造物が立ち並ぶ世界文化遺産となりました。
スペイン支配下では、クスコはキリスト教布教と南米植民地化の中心地となり、スペインとの貿易が盛んになり、以降大きく繁栄しました。
インカの言葉ケチュア語で「Cuzco;Qusqu=クスコ」は『へそ』を意味しています。
リマからクスコへの行き方
飛行機:
クスコ空港
リマからクスコは毎日10便以上出ています。航空会社はLANペルー、TACAペルー、スターペルーなどがあり、LANペルーが最も本数多く発着しています。
リマ市街に滞在しているのであれば、リマの空港まで45分程かかるので、2時間前にはホテルを出ます。最初にチェックインを済ませ、国内線ゲートへと向かいます。
クスコは標高3400mに位置している為、天候が常に不順でフライトが遅れることがよくあるので、常に時間と搭乗ゲートを確認してください。
離陸後約1時間半で到着します。
クスコの空港は小さく、綺麗とはいえない為身の回りの荷物には十分注意が必要です。
荷物をPick Upしたあとは、多くのドライバーやガイドが外で待っています。トランスファーを予約をされている場合は自分の名前を見つけてホテルへと送ってもらいましょう。クスコ市内までは4km、15分程で到着します。
バス:
ペルーは鉄道が充実していないので陸路は長距バスが主流です。
オルメーニョ社の長距離バス
バスの快適さは季節によって変わります。雨季(10月から3月まで)による道路状況は変化しやすく時間もかかる場合があります。
乾季(4月から9月まで)の方が比較的快適なバス旅が楽しめるでしょう。
長時間のバス選びは重要になります。お勧めバス会社は、大手バス会社のオルメーニョ社とクルス・デル・スル社です。
オルメーニョ社:
ロイヤルクラス(準寝台車)とエコノミークラスがあり、ロイヤルクラスはアレキパ経由で所要時間約25時間、エコノミークラスはアバンカイ経由で所要時間約22時間があります。ロイヤルクラスは毎日16時発。エコノミークラスは8時出発で月曜日と金曜日です。2階建てトイレ付きで、軽食付き。
Av. Carlos Zavala 177 Lima Cercado
Tel: (511) 427-5679
クルス・デル・スル社:
毎日14時と18時発があり、所要時間約22時間。2階建でトイレやテレビも完備で、軽食付き。
Javier Prado Este 1100 - La Victoria
Tel: (511) 225-5748
長距離バスターミナルからはクスコ市内まではタクシーで約5分の場所にあります。
高山病にご注意!!
空港までガイドがお迎えに上がり、そのまま市内観光をする事がよくあります。
クスコは標高3400mの高地にある為、高山病になりやすく、十分に気をつける必要があります。
あせらずゆっくりと活動して高地順化をはかり、安全なご旅行をしてください。
高山病対策の詳細はマチュピチュ高山病対策のページをご覧ください。
クスコの見どころ
スペイン人によるクスコの支配
フランシスコ・ピサロに命を請うインカ皇帝アタワルパ。身代金を得た後ピサロはアタワルパを処刑する
1533年フランシスコ・ピサロ率いる176人のスペイン人がクスコに辿り着いた時、インカ帝国の人口は1000万人もいたにも関わらず、その176人にあっけなく制圧されてしまったと言われています。
インカの皇帝を殺し、4本足の人間(馬)にまたがり、肌が白く金色の髪をしたスペイン人を、インカの人々は神だと信じ込んでしまい、征服者の略奪をただ見つめていたと伝えられています。また、インカ兵の多くが農業との兼業軍人だったため、収穫や種まきの季節に戦線を離脱し農業に従事していたことも、この少人数による征服を可能にさせたと言われています。
フランシスコ・ピサロは新世界での夢を叶えようとしていた野心家でありました。同じく新世界での征服者ディエゴ・デ・アルマグロとともにクスコを征服すると、金を略奪し富を築き、スペイン皇帝からの権威を得て領土を拡大し、インカ帝国の寺院や宮殿をことごとく破壊し、破壊できなかった石の土台の上にスペイン建築を建設し、都市を構築していきました。
クスコは、その後の南方遠征の出発地になり、スペインによる南米征服の重要な拠点となりました。
1983年に世界遺産に登録されたクスコの町並みは、おしゃれなレストランや荘厳な教会が立ち並び、異国情緒に満ち溢れています。
南米の歴史を肌に感じられる文化遺産の宝庫が、訪れる人を魅了します。
コリカンチャ(黄金の広場)=太陽の神殿、現在はサント・ドミンゴ教会:
コリカンチャ:中央には生け贄台が。壁の小さなへ穴と血が流れ出る。
Qorikancha(コリカンチャ)=Iglesia de Santo Domingo(サントドミンゴ教会)
Qoriとは黄金を意味し、Kanchaは広場または場所を意味します。つまり黄金の場所。ここはインカ時代の人々にとって最も神聖な場所でした。内装は全て金で覆われていたと言われています。その美しさにスペイン人達は息を呑み、インカの人々からこの神殿を奪って金を全てはがし、スペインへと持ち帰りました。あとにのこされた神殿は破壊されましたが、破壊できなかった神殿の土台の上にカトリック教会を建てることで、インカ帝国の征服を顕示しました。
インカの時代の人々は多神教であり、多くの神を信じていました。その神の頂点に立っていたのがInti(太陽)であり、その次がPacha Mama(母なる大地)と言われています。インカの人々はリャマやアルパカ等の動物を生け贄したり、その血をパチャ・ママへ捧げていました。
アルマス広場:
アルマス広場からカテドラル オブ サントドミンゴを望む
インカ時代から街の中心だった場所にスペイン軍が征服後にアルマス広場を建設。
現在は市内観光の中心地になっています。
カテドラル(サントドミンゴ教会):
コリカンチャ神殿の土台の上に建設されたクスコのカテドラルです。
インカ人の強制改宗を目的として作られた壮麗な建物で、1559年から1654年の95年間をかけて建築されました。
鐘楼には高さ2.15m、重さ5980kgの「マリア・アンゴラの鐘」が設置されています。現在はヒビが入ったため特別な機会にしかならされる事がありませんが、この鐘の音は20マイル先まで聞こえると言われています。
もう一つ、この教会で有名なものに黒いイエズス像があります。これは長年のロウソクからの煤が十字架にかけられたイエズス像を黒くさせたもので、教会改修工事の時にも洗われることなく「ブラック・ジーザス」の名で親しまれています。いまでは年に一度、10月の奇跡の行列の時に表に出されて市民とともに街を練り歩きます。
ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会:
イエズス会が1571年に建てたクスコで最も優美な教会です。
当時、カテドラルよりも豪華な教会の建設は認められておらず、クスコの大司教は建設に反対をしましたが、イエズス会はローマ法王に建設の許可を取っている間にカテドラルのすぐ横、インカの第11代皇帝ワイナ・カパックの神殿跡に完成させました。
観光客がたくさんいるので、すぐ見つかります。
12角の石:
アルマス広場のカテドラルから北東方向に直線距離で200mほど行ったところの狭い路地(アトゥン・ルミヨク通り)にあります。接合剤を一切使わず、寸分の隙なく積み上げられカミソリの刃一枚通さないと言われるインカの石材建築の中で、その技術の高さを最も顕著に表している石壁のひとつです。12角に含まれた意味は諸説ありますが(1年の月の数である、あるいは王の一族の数である等)いまだに謎に包まれています。
宗教美術博物館:
「12角の石」のあるインカの石壁を土台として建てられた旧大司教庁が今では宗教美術博物館として一般公開されています。入口のレリーフや中庭にある噴水のファサードなどはクスコ市内に残るスペインコロニアル建築のなかでも特に優れた装飾が見られます。館内には300年以上前の家具などが当時のままの状態で展示されているので見応えがあります。
クスコ郊外の見どころ
太陽を信仰していたインカの人々は岩にも同じように強い信仰を持っていました。石切り場が数多くのこされ、石組みの要塞は年月を経ても崩れる事なく立ち続けています。
日本各地に築かれた城壁石垣も見事なものですが、その遥か以前、15世紀のインカ時代の遺跡に見られる石組みも建築物としての美しさと石の持つ力強さが感じられる見事なものです。
ここでは、おもにクスコ郊外にみられる石の建築、遺跡をご紹介します。
サクサイワマン:
インティ・ライミ:サクサイワマン
クスコの北にあり、クスコを一望できるインカの遺跡です。
最大のもので高さ7m、重さ120トンほどの巨石を、20mの三層構造に積み上げた、長さ360mを誇る要塞もしくは宗教施設と考えられています。
遠くは45km程離れたオリャンタイタンボからも巨石を運んで来て、約50年かけて完成されたと言われています。
1536年スペインとのクスコ争奪戦の際のインカ軍の拠点となりましたが、夜は闘わないインカ軍の隙を付いたスペイン軍が砦を制圧しました。その後、スペイン軍はこの施設の円塔などを破壊しましたが、巧妙に組み込まれた石の土台だけは崩せず、今に残ります。
現在ではこの遺跡の前の広場で、毎年6月24日にインティ・ライミ(太陽の祭りーインカの成人式でもある)が行われ、多くの観光客で賑わいます。
アルマス広場から歩いても行けますが、標高3400m以上の高さになるので、あまりおすすめはできません。
ケンコー遺跡:
サクサイワマンから歩いて約15分程の所にある遺跡です。(自信のある人だけ歩きましょう)
こちらはサクサイワマンのように石を組んだものではなく、石を削りだして作られています。リャマの生け贄を捧げる祭壇なども残っていて、宗教的儀式に使われていた事が伺われます。
プカプカラ:
プカはケチュア語で『赤』をさす言葉で赤色の石が使われている遺跡。ですが、現在では石の赤色はほとんど残っておらず、夕焼け時に赤く見える程度です。見晴らしが良く、タンボ・マチャイで沐浴をするインカ王の『見張り』の役割を担っていたと考えられています。
タンボ・マチャイ:
インカの風呂、とも呼ばれ、高位の政治家やエリートのスパ・リゾートとして使われたと見られている遺跡です。どういった原理でここに水が出てくるのかわかっていないのですが、いまだに水が湧き出続けています。
オリャンタイタンボ遺跡
オリャンタイタンボ:
「聖なる谷」ウルバンバ渓谷沿いクスコから60km北東にあるインカの遺跡で、現在では3泊4日のインカ・トレイルツアーの出発地点として知られています。川岸の平地と急な斜面に建てられた段々構造の石の建造物は、インカ建築の特徴をよく表しているのが見られます。この遺跡はインカ軍の砦として使用されていましたが、スペイン軍が2度目に攻めて来た時に放棄され、スペイン軍に破壊されてしまいました。
砦の正面には巨石6つを並べた巨大な建造物が残っており、太陽の神殿の作りかけだと言われていますが、真相はわかりません。
クスコからは車で1時間45分程。
ウルバンバ渓谷:
クスコから北西に約80km、インカ時代の遺跡が川沿いに数々と残り、聖なる谷と呼ばれる渓谷があります。
アンデス山脈を源流に、遠くアマゾン川へと合流するこの川沿いには、マチュピチュを始め、オリャンタイタンボやタンボマチャイの遺跡も残されています。
ウルバンバという名の街もあり、クスコに比べて標高が低いためクスコ市民の保養地にも待っています。
旅の途中に寄るのにもってこいのスポットかもしれません。
ラクチ遺跡:ビラコチャ神殿
ラクチ遺跡:
クスコから南に車で約2時間、ラクチ遺跡にはビラコチャ神殿と名付けられた高さ20mの壁跡があります。
ビラコチャはインカ帝国でスペインによる侵略とキリスト教の布教が行われる前まで信仰されていた神様で、インカの宗教で最重要の神の1柱であり、文明の創造者として伝説に残っています。ただし、この建造物がビラコチャに捧げる神殿として機能していたかはわかっておらず、むしろ首都クスコと地方社会をつなぐ行政センターの役割をしていたと考えられています。
石造りの一般的なインカ建築と異なり、石と泥でできた壁はこの辺では珍しいものとなっています。
スペイン軍に徹底的に破壊されたあともなお屹然と建つ壁は、周囲のコントラストと相まって遺跡好きには必見の価値があります。
クスコのおすすめレストラン
プカラ:Pucara
1988年から続く日本人が経営をするこの店では本格的なペルー料理を楽しむことができます。ソパデアホ(にんにくスープ)、アヒデガジーナ(鶏肉とスパイスソースのかかったご飯)、ピスコサワー(ブドウのお酒)などがおすすめです。
日本語メニューもあります。
アルマス広場から徒歩1分
営業時間:12時30分から22時まで
住所:La Calle Plateros 309,Cuzco 電話:084-22-2027
パチャパパ:Pacha Papa
パチャパパ:サンブラス教会前にあるレストランで定番ペルー料理がそろっています。アルパカの肉の串焼きなどもたべることができ、釜で焼くトルーチャ(マス)料理も人気です。
アルマス広場から徒歩12分
営業時間:10時から22時まで
住所:Plaza San Blas 120,Cuzco 電話:084-24-1318








